2009年01月29日
はじめに
「自分の存在意義は、日本中にHAPPYを届けること。」 そんな熱い言葉が印象的なシンガシングライター、こころざし工房代表の松尾貴臣氏にインタビューを試みた。
音楽との出会いは?
幼少の頃から、身近に楽器があり、音楽には恵まれた環境でした。
兄弟の影響もあり、オルガン、ピアノ、ブラスバンド、そして野球にはまっていました。
実際に、曲を創り始めたのは、中学3年生のとき。
父親の部屋にあったギターとの出会いが、きっかけです。
当時は、尾崎豊や福山雅治に憧れて、曲創りをしていました。
高校時代には、月2曲をノルマとし、50曲くらいの曲を作りましたよ。
当時、自分の高校では学園祭でのバンド演奏が許されていませんでした。
そこで、友人二人で先生に掛け合い、交渉の末にバンド演奏が許可されたのです。
1000人の前で演奏するのは、本当に刺激的でした。
この頃には、「東京に出て、メジャーミュージシャンになる!」という明確な目標ができていました。
千葉大学に進学されたの理由は?
まず、上京するには大学に行くのが一番手っ取り早いと考えました。
そして、千葉も東京も同じだろうという思い、千葉大学に。
実際には、かなり?違いましたが・・・
大学では、経済や社会保障、医療経済について勉強していました。
そして、ミュージシャンとしての活動も。
都内を中心にライブハウスでの音楽活動を続けていました。
しかし、あっという間に4年間が過ぎました。
多くの友人は社会に出て行きましたが、自分は「まだ音楽を止めたくない!」との想いで、
結局、大学院に行くことを決意しました。
ちょうどその頃、仲間のミュージシャンがインディーズとしてCDを出したのです。
当時も、あくまでメジャーデビューを目指していたので、インディーズには興味はなかったのですが、
「これも練習」と割り切って、自主制作のCDを創り始めました。
しかし自主制作でCDを創るのには、それなりのお金が必要でした。
結局、大学院の単位を1.5年で取得し、その後2年間休学して、バイトをしながらCDを2枚創りました。
主に電器店で携帯電話を売る仕事で稼ぎました。
千葉に密着した活動も多いようですが、その経緯は?
以前は、メジャーデビューを目指して、都内のライブハウスを中心に音楽活動を行っていました。
しかしながら、現実は厳しく、少ない時には、観客はスタッフだけという日もありました。
「千葉だったらもっとライブを見に来てくれるのに・・・」
「まずはここから始めてみよう・・・」
そんな想いで、千葉での活動をスタートしました。
ここでは「西千葉のアイドル祭り」という企画をスタートさせました。
振り返ると、これをきっかけに、いろんな地域連携が始まったように思います。
1回のライブでは必要な費用は約15万程度。
しかし、100人ライブに来てくれても一人1000円で収入は10万円。
つまり、5万円の赤字になるのです。
そこで、考えました。
「スポンサーを探そう!」
1回目は比較的簡単にスポンサーとして協力してくれるのですが、
2回目、3回目と続けてスポンサーになってくれることはなかなかありません。
そこで、スポンサーとの関係を強化すべく、ライブの報告書を持って行ったり、
積極的にお店を利用したりしていきました。
そのうちに分かってきたことが、「この人たちも西千葉を盛り上げようと頑張ってる」ということでした。
そこから、徐々に地域連携が広がっていきました。
例えば、千葉大学との連携もその1つです。
「西千葉のアイドル祭り」の場所を千葉大学が提供してくれたのです。
当時の千葉大学としては画期的なことで、
これはお世話になっていた教授がいろいろと協力をしてくれました。
また、ある時は県知事に呼ばれて、後援会で演奏させてもらったりもしました。
その後、千葉県の環境きゃらばんのテーマソングとして歌わせてもらったり。
地域に踏み込んだことで、地域から声がかかるようになったのです。
2007年には日本ホスピス・在宅ケア研究会のイメージソングとして「きみに読む物語」を採用してもらいました。
特にこの歌は、ある方の実話に感動し、その想いを、自分の同世代へのメッセージとして歌ったものです。
社会的なシンポジウムで歌う機会が増えた結果、新しい人たちとの出会いも増えました。
結果的に、自分のCDの売上げアップにもつながり、嬉しい限りです。
なぜ会社を設立したのですか?
2008年4月に「こころざし音楽工房」という会社を設立しました。
この会社は「松尾貴臣」をプロデュースする為の会社なのですが、
もう1つの想いとして「音楽で飯を食って行く!」という、自分自身の強い決意でもあります。
今後の展開は?
音楽を始めて依頼、ずっとメジャーデビューを目指してきたのですが、
昨年、その想いに踏ん切りがつきました。
インディーズでも「日本にHAPPYを届けることができる!」そう分かったからです。
千葉県での活動をきっかけに、今では高知や秋田でも音楽活動が行えるようになりました。
これは、出会った人たちの協力のおかげです。
将来的には、秋田や高知以外にも、活動拠点(支店)を持ち、
日本各地で音楽活動を行い、日本中にHAPPYを届けることが目標です!
問い合わせ先
団体名 |
社名:こころざし音楽工房
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編集後記 〜webmasterのつぶやき〜
松尾さん、これからも素敵なメッセージを音に載せて届けてくださいね!
応援しています!!!

saveproject代表
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